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長かったフィギュリン制作も残すは磨いて本焼き(1230℃ぐらい)のみとなりました。

それにしても長かったです。

流れとしては

原型→石膏型→泥漿鋳込み→乾燥→素焼き→本焼き で、制作しました。

原型ができたのが4月なので三ヶ月かかりました。特に鋳込み用の石膏型がきつかった。土日に八時間作業してもできるパーツは足一個とかだったので。それが6つ(頭、胴、手×2、足×2)あったので大変でした。期間的に余裕もなかったのも一因。(夏までに完成させないと、先生が成績評定できない)

 

新規制作は来週中には肉付けに入るのを目標としたいです。こっちは自由制作なので、こう決意しないと、いつまでも後回しになってしまう…

 

反省


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ここまで作っておいて今更ですが自分の技量の未熟さをかみしめるばかりです。よく型でつくるようになると造形力の成長が止まると聞きますがそれは一理あると思います。型を作ること、表面の処理などにエネルギーがさかれてしまう。

気を引き締めて、新しい作品作りに取りかかりたいと思います。

陶器人形はとうとう窯詰めという感動のフィナーレを迎えました。これまでご指導いただいた工芸の教授には頭が上がりません。

まだ火入れてないのですが。どうしよ。焼成中に爆発したら。


↓みんな詰め詰め
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↓ちゃんと焼けますように‥‥遺影にならないことを祈る


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レポート課題②【自分の好きな映画 】マーズアタック

ティム・バートン『マーズ・アタック!』(1996)

     『マーズ・アタック!』は初めからB級を目指してつくられた、完全なるB級映画だ。実際に見てみても、B級だとしか言い様がない娯楽映画だ。アメリカ本国での公開当初はそれどころかC級以下だろうと批判的な評価だったという。しかし私はこの映画をとても気に入っている。付き合いで見たアメコミやスパイ物の量産品のごときハリウッドアクション映画よりも、ずっとずっとこちらの方がいい。毒のあるヴィジュアルはいまだ記憶に残り、しばしば思い返される映像のひとつとなっている。
       ジャンルは、スリラー要素の多いSFコメディ映画といった感である。巨大な円盤がやってきて、火星人が現れた。賛否あったが大統領は歓迎をきめ、セレモニーをひらく。しかしその最中、ハトを見てから火星人の態度が一変、人間に対し殺戮が始まり…というドタバタ騒動をコメディ調にえがいた映画である。ときどきギョッとするようなショッキングなシーンもあるがそれすらコミカルになっているため、シュールな空気が全篇通してただよっている。
    宇宙人が地球にやって来るという物語では、大抵その対立は物語の重要なシーンになる。それは葛藤、苦悩、迷い、そして辛い決断となったり、観客もそれぞれの立場になって考えさせられる内容のものとなる。『第9地区』などはそうだった。しかし『マーズ・アタック!』はそんなものは一切ない。むしろそうしたものを皮肉するかのように、作中一貫して人間は間抜け、火星人は情け容赦なく狡猾にえがかれ、水戸黄門並の勧善懲悪物語となっている。途中、火星人が危害をくわえたことを大統領に謝罪するというシーンがあるが、和解するのか、と思いきや直後に光線銃である。火星人に同情できる要素は何一つなく、非常に単純な構造のストーリーだ。だがそこが痛快でもある。
    視覚的にもコミカルでシュール、かつ衝撃的な数々の映像が面白い。拉致された女性とチワワの頭がすげ替えられたり、チワワ頭の人間が堂々と過ごしていたりと良い意味でのツッコミどころがたくさんある。一方でSFの見せ所である合成、特撮などはかなり粗末だ。円盤など取ってはり付けたようであるし、火星人女などは作り物感満載である。いかにもB級という雰囲気に拍車をかけているこの合成技術は、年代を考慮してもかなり不自然で安っぽい。がそれがかえって面白おかしく、またこの映画の象徴性すら感じられるので、演出効果としては大正解なのではないかとおもわれる。
      『マーズ・アタック!』はくだらない映画だと言われたら、反論はできない。しかし、ヴィジュアルの秀逸さとか、シュールなおかしさだとかが心に残り、今も忘れられない映画だ。人に勧めたりはしないが、気が向いたら見てほしいとも思う、奇妙な映画だ。

(2016年2月大学に提出)

レポート課題①【自分の好きな映画】「シャイニング」

キューブリック『シャイニング』(1980)

  今、戸口の視野が突然、すべるよう  に横に   回転し、ガンスリンガーは軽いめまいを覚えた。──が、エディはそのすばやい視野の移動に、奇妙にも心和まされていた。──ガンスリンガーは映画を見たことがない。かたやエディは数え切れないほど見ている。いまエディが目にしたものは、「シャイニング」や「ハロウィン」で使われたことでおなじみの主観移動ショットのようなものだ。機器の名前も知っている。ハンディカムだ。(38頁)

  これはスティーブン・キングの小説『ダーク・タワーⅡ(下)』からの一節である。私はこれを目にした時、おやっ、と思った。それは、ひとつは『シャイニング』を見たら感じる独特の視点移動のあの感覚が、的確に文に表されていることへの感嘆である。しかしあともうひとつ、あのスティーブン・キングが(明らかにキューブリックの映画の)『シャイニング』を、自身の小説に挙げるとはありえない、という驚きからである。
『シャイニング』は、いわく付きホテルに家族と住むことになった男が狂気に囚われていく話である。息子は「シャイニング」という超能力によって、その惨劇の予兆を度々見ていた。血の噴き出るエレベーターといった、それらのシーンの印象的なヴィジュアル、出演者の鬼気せまる表情・演技、不気味な音楽、そしてカメラワークの巧みさによる映像美で、ホラー小説の映像化作品として、素晴らしい出来の作品だと感じられた。
   しかし、原作者スティーブン・キングは、その出来に激怒したという。理由は原作とあまりにも違いすぎていたからだ。
   例えば原作小説『シャイニング』では、狂気を生み出しているのはホテルそのものというのが強く、すべてに化学的に説明がつくものではなかった。また息子にしか見えない友人も神秘的存在として描かれる。しかし、映画『シャイニング』だと、狂気の正体がほとんど男にあったり、見えない友人も単なる「イマジナリーフレンド」現象として合理的に処理されてしまった。
   またキングが一番気を悪くしたのが、小説版にあった家族間のドラマ性が映画では薄かったことである。キングは徹底して映画版を批判し、最後は批判をやめることを条件に自身が監督の再映像化作品の製作を交渉するほどであったという。
     キューブリックは『シャイニング』の監督として決して悪かったわけではない。むしろ100テイクを超えるやり直しが複数あったことなど、こだわりにこだわった製作をしていたことがうかがえる。ただ重視する点がキングとは少しずれていただけである。キングも悪くない。2人の優れたクリエイターだっただけに、この対立は不幸だと感じた。
    だからこそ、キングが自身の小説に映画『シャイニング』の名を出したのは意外だった。実はキングもキューブリックの生み出す映像美については認めていたのかもしれないと、その時私は考えたのだ。
    もしそうだとしたらよかったと思う。キューブリックの『シャイニング』をみたら、そう思わずにはいられないのだ。

(2016年2月大学に提出)

映画の感想文の課題でした。提出後にダークタワーの出典を明記するのを忘れたことに気付き、冷や汗をかいたものでした…

レポート供養

いつもギリギリに慌てて書いたレポート達をぼちぼちとブログに載せていきます。反省の念を込めて。
ほぼ返却されないので残ってるのは僅かですが。
大学は美大なのでほぼそれ系です。
形式は間違えてる所もあるかも。というかそもそも現役大学生が参考にできるような出来栄えのものなどありませんぞ。

キノコとフィギュリン


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大学にこんなキノコ生えてました。

近くにいた教授曰く毎年この場所に生えてくるらしい。

【 細長いキノコ】で検索すると、ササクレダケというよく似た食用キノコがあるようです。
変わったキノコは見てるだけでも楽しいもの。

キノコだけというのも何なので今作っているものを。
これは1/3スケール程度の女性フィギュアのパーツ。原型は石粉粘土でした。
髪の毛のモールドがないマネキン風の造形になってます。


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磁器土の泥漿鋳込みで作ってあります。
焼くと磁器、つまりはいわゆるフィギュリンになる予定です。
新聞紙を被せてゆっくり乾燥させるとひび割れにくいらしい。